Diary

奇想天外


「お〜い!こっちに持ってきて」数人の子どもたちのそんな声が園庭中央から聞こえてくるので何をしているのかと思ったら、2階建ての家を移築する際に不要になった1階部分の切り取った柱(部材)を子どもたちが運び、丸太から家に渡してそこを渡るという新たな遊びを考えて実践していたのです。普段の生活(遊ぶ姿)を見ていても園庭に落ちている枝や丸太、石など、ありとあらゆるものを遊びの材料として使っているので、今回の柱も何かに使えればと園庭の片隅に置いておいたのがよかったのでしょう。時代が令和になっても、僕たち昭和の子どもたちが空き地で基地作りをして遊んだように、保育園の子どもたちが廃材を使って奇想天外なことをして遊ぶ姿を見ると、時代が変わっても子どもたちの心の中に遊びに関するDNAがしっかりと刻み込まれているようで何だかとても嬉しくなりました。一見危険そうに思える(見える)遊びでも子どもたち自身が「やる・やらない」「できる・できない」を判断し取り組み、思い通りにできて満足し、更に難しいことに挑戦したり、失敗して痛い経験をしたりすることが成長に繋がるのであり、保育者(大人)には事故や怪我がないよう、見守り・励ましてあげることが求められるのだと思っています。今日、3歳児、てんし組とひつじ組の子どもたちが大河原駅まで電車を見にいく散歩に一緒に出かけましたが、道路の端を歩くことや交差点で一時停止して車が来ないかどうか確認すること、信号が青の間に横断歩道を渡ることなど様々なことを確認しながら頑張って歩き、上り下りの電車も金太郎も見られて大喜びしましたが、「行きは良い良い」だったものの、帰りは中島公園でトイレ休憩をとったけれど、疲れて「・・・」。お陰でお昼寝はみんな「ぐっすり」で電気を付けても起きないほど「ぐったり」だったようです。そして、先生たちの日々の苦労を再認識し、感謝することができました。一方、中島公園でトイレ休憩をした時、遠足で来ていた大河原小学校の1年生と1年生と手を繋いで来ていた6年生たちに会うことができました。久しぶりに会う元気そうで小学生らしくなった1年生(K君・K君・Kちゃん・Kちゃんが)が在園時代と変わることなく「園長先生〜」と言って駆け寄ってくれる姿、名前が直ぐに出てこないくらいに大人になりながらも「お久しぶりです」と声をかけてくれた卒園児の6年生の成長した姿を見ることができるなど楽しく充実したお散歩でした。どれだけお役に立てたかわかりませんが、これからも時々こんな時間を作らなければならないと思いました。
2021年06月08日(火) No.3070 (園長日記)

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