Diary

コミュニティーの崩壊


大阪府寝屋川市にて、たった12歳・13歳の中学生が悲しい事件に巻き込まれ、尊い命が奪われるという出来事が起きてしまいました。彼らがなぜ深夜から朝方まで繁華街で過ごしていたのか、その行動の真意は知る由もありませんが、つい数か月前まで小学生だった彼らが深夜の街を徘徊していた時、不審に思い心配したりして「どうしたの?」と声を掛けたり「こんな時間まで何をしてるんだ!」と叱ったりする大人がなぜ一人もいなかったのでしょうか?もし、直接声を掛けられなかったとしても、誰も警察に連絡することもできなかったのでしょうか?
 僕らが幼いころには近所に、よその子どもでもいけないことや危ないことをしていると叱ってくれる怖いおじさんや、やさしく声を掛けてくれるおばさんがいたものです。しかし時代が変わり、今では見ず知らずの子どもに声を掛けただけで“不審者”扱いされて通報されてしまったり、場合によっては注意したことを逆恨みされ反対に襲われてしまったりするのですから、気になった行動をしている様子を見ていても、おちおち声を掛けられないのかも知れません。
 その一因は核家族化が進み、地域コミュニティーが崩壊してしまったこと、他人に無関心になってしまったことが大きいような気がしてなりません。一方で、もし僕が「彼らの行動を見ていたら声を掛けていましたか?」と問われても「もちろん声を掛けていました」という明確な返事をする自信がないことも事実のような気がします。自分の子どもでさえ叱ったことがない(叱ることができない)親が増えてきている現代、ということは叱られた経験がないまま育ってきている子どもが大勢いるということにほかなりません。そんな子どもたちとどうかかわるべきなのか、コミュニティーのを再構築するにはどうすべきなのか、しっかりと考え保育をしていかなければならないことを痛感させれれます。
2015年08月24日(月) No.1625 (園長日記)

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