Diary

子どもは宝


その鳴き声を聞くと一層暑さが増してしまいそうなセミの声。今日も日本の夏を実感させられる蒸し暑い一日ろなりましたが、セミの声が一因だったのかもしれません。ところが子どもたちにはセミの声が聞こえてくると捕まえたくて仕方がなく鳴き声の元を探しはじまます。今朝も5歳児の男の子たち数名が「園長先生ちょっと来て!」と言われるので行ってみると、ブランコが吊るされてある桜の木を見上げた子どもたちが「あそこにセミがいるんだけど捕まえられないから取って」と指を指します。ところが虫取り網があったとしても届くはずがない高さのところにセミの抜け殻がとまっています。そこで「あれは抜け殻だよ」と言うと「違うってば!あそこにセミいるでしょ」と言われるので「えっ、どこ?」と言いながらよ〜く見てみると、抜け殻のすぐ近くに確かにアブラゼミがとまっているのです。それでもどう頑張っても捕まえられそうにないので「ごめ〜ん、あそこは届かないから・・・」と赦しを乞うと「じゃあ、梯子持ってくればいいじゃん」と5歳児らしい名案が返ってくるではありませんか。ところがセミと僕にとってはいいタイミングで(子どもたちにとっては残念なタイミングで)公園に出掛ける準備のために保育室に戻ることとなりました。それにしても、このセミ、暑さを感じさせることも、居場所を知らせることも鳴くなくことなく、桜の幹に擬態するかのようにじっととまっていたのに子どもたちが見つけるのですから驚きです。そして、この子どもたちと一緒に結構な距離を歩いて旭町公園という公園まで遊びに出掛けたのですが、その公園でお泊まり保育に関わる封筒に入った手紙を見つけ大喜び!これがきっかけでお泊まり保育に向けた気持ちが更に高まるだけでなく保育園まで戻る足取りも軽やかになったように思います。そして、公園までの往復で感じたこと、それは、保育園では最年長の5歳児たちであっても道路を歩く際、ハラハラさせられることが多々あり、一歩保育園を出るとまだまだ幼いということ。しかし、出会う人出会う人に「おはようございます」「こんにちは」「公園に行ってきま〜」と挨拶することで、地域の方々に笑顔と賑やかさを与えること、そして、何人もの子どもたちが道端に生えている猫じゃらしを摘んでは途中で放り投げるということ。そのことによって猫じゃらしがあちこちに育っていけるということであり、鳥などの生き物が木の実などを食べてフンをすることで植物が育つのと同じことを担っていたということです。そして、園庭でもあちこちで育っているタンポポやオオバコなどをごっこ遊びに使うことで増えていることで子どもたちの力を感じます。
 さて、園庭の畑とは別に園庭東側の山の下の畑でトマトを育てていますが、驚くほどの勢いで育ち、屋根をかけたハウスがジャングルのようになり、美味しそうに赤く実ったトマトを収穫するのが困難になってきたため日曜日の教会での礼拝後、子どもたちが入っていけるように手入れをしました。そして、今日、お泊まり保育で使ってもらうべく、数人の子どもたちに手伝ってもらい赤く実ったトマトを収穫しました。まだまだ赤くなっていない実がたくさん付いているので、これからも子どもたちに収穫を手伝ってもらい美味しく食べてもらおうと思います。
2022年07月20日(水) No.3347 (園長日記)

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