Diary

先人の知恵


今の時代、困ったときや分からないことがあれば、インターネットを使い検索すればWikipediaでいとも簡単に調べたいことが分かってしまいます。そのため僕も最近(以前から!?)辞書を開き何かを調べる機会がめっきりと減り、それと比例するかのように漢字が思い浮かばなく(書けなく)なってしまっています。しかし、今のような便利な時代ではない時代に生活していた方々は何をするにしても苦労が多かったことでしょう。中でも特に関心してしまうのは原始時代の人々の生活です。辞書もそれこそインターネットなどない時代に食して良い物か否かをどのようにして知っていったのでしょうか。火を熾す知恵をどのように知っていったのでしょう。きっと食べてはいけない食物を食べ仲間が体調を崩す、或いは命を落とすという経験や偶発的なことが生かされていったのだと推測できます。
 いつの時代から食されているのかは分かりませんが“ホヤ”や“ウニ”など一見食べられるのかどうかさえ分からないようなグロテスクなものを初めて食べて人は余程お腹が空いていたか、チャレンジャー精神の持ち主だったのでしょう。現代社会(特に都会と言われるような地域)においては、かまどで煮炊きすることや薪でお風呂を沸かすはなくなり、杉の落ち葉を着火剤代わりにして火を付けその後、細い枝から徐々に火を大きくしていくということを知らない方が多くなりキャンプなどでは太い枝に必死に火を付けようとする大人がいると聞きます。また、落ち葉を腐葉土にして使うことなどなくなり、焚き火をすると近所から苦情がくるような時代。残念ながら先人の知恵はどんどん失われていくのでしょう。しかし、そこにこそ、人間が生きていくための知恵、保育所保育指針に書かれている「生きる力」が培われることがたくさん秘められていると思うのですが…。
2013年11月20日(水) No.1176 (園長日記)

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